素晴らしい日本人の知恵・・・老師が教えるインナーパワー
2009年03月03日
ポジテブな生き方
オリンピックなどに代表されるスポーツの世界
は若くしてピークがきます。
「気の世界」 は 「筋肉の世界」 ではないので、ずうっと
高齢になっても出来ます
。

「気」など、存在しないという方が「心のチカラ」である
と云われてましたが、表現の違いだけだと思います。
「気は心」 というではありませんか・・・。
むかし西野総帥の話に、「孟子のいう”浩然の気”とは、天地の間
いっぱいに広がる気エネルギーを表現している
」 と聞いたことが
ありますが・・・一般には、のびのびとして解放された心持になる
という意味です。
これは受動的に捉えるか能動的に捉えるかで微妙に、ニュアンス
が変わってくるように感じます。
「気」が出せるようになると能動的な考えを持つようになりますから
自ら天地に働きかけて自分の「気」を広げることができるのでしょう。
( 目立ちたがり とは違います・・・・ )
また足心呼吸法を学んで、呼吸とは身体の中の音楽だと感じました。
自分にしかわからない音楽ですが、それは赤ちゃんが泣き止まない
ときに母親の心拍をテープに録ったものでも聞かせると、泣き止む・・・
そのくらい心地よいものであり、自然なものです。
ですから永流では太極拳のときも、なにをするときも癒し系の音楽など一切かけません。
かけてしまうと、意識と動きが、踊ってしまい「気」が集中できなくなります。
「気」の集中が、わかってくるとそういった音楽が邪魔になるのがわかるので
その生徒のレベルが、どのくらい上がったかの目安にもなるのです
。
・・・音楽を、かけないで自らの呼吸に集中して技を練ることに一種の境地を
見出し、楽しめるのは能動的であり、ポジテブな生き方をしているといえます・・・
永流は弓道などの、呼吸を重視する世界と共通するものがあると考えています。
(もちろん赤ちゃんの受動的なのは別)
まあ難しいですかね・・・・・
カルチャーの先生が言ってました。「そんなことは教えません」
(ただし知っていて教えないのか、知らないのかはわかりません・・・
)
は若くしてピークがきます。
「気の世界」 は 「筋肉の世界」 ではないので、ずうっと
高齢になっても出来ます

「気」など、存在しないという方が「心のチカラ」である
と云われてましたが、表現の違いだけだと思います。
「気は心」 というではありませんか・・・。
むかし西野総帥の話に、「孟子のいう”浩然の気”とは、天地の間
いっぱいに広がる気エネルギーを表現している

ありますが・・・一般には、のびのびとして解放された心持になる
という意味です。
これは受動的に捉えるか能動的に捉えるかで微妙に、ニュアンス
が変わってくるように感じます。
「気」が出せるようになると能動的な考えを持つようになりますから
自ら天地に働きかけて自分の「気」を広げることができるのでしょう。
( 目立ちたがり とは違います・・・・ )
また足心呼吸法を学んで、呼吸とは身体の中の音楽だと感じました。
自分にしかわからない音楽ですが、それは赤ちゃんが泣き止まない
ときに母親の心拍をテープに録ったものでも聞かせると、泣き止む・・・

そのくらい心地よいものであり、自然なものです。
ですから永流では太極拳のときも、なにをするときも癒し系の音楽など一切かけません。
かけてしまうと、意識と動きが、踊ってしまい「気」が集中できなくなります。
「気」の集中が、わかってくるとそういった音楽が邪魔になるのがわかるので
その生徒のレベルが、どのくらい上がったかの目安にもなるのです

・・・音楽を、かけないで自らの呼吸に集中して技を練ることに一種の境地を
見出し、楽しめるのは能動的であり、ポジテブな生き方をしているといえます・・・
永流は弓道などの、呼吸を重視する世界と共通するものがあると考えています。
(もちろん赤ちゃんの受動的なのは別)
まあ難しいですかね・・・・・

カルチャーの先生が言ってました。「そんなことは教えません」
(ただし知っていて教えないのか、知らないのかはわかりません・・・
